戦争 – 2025年3月27日

夢の中の「俺」は、現実の「私」とは少し違っていた。

頼りなく、臆病で、女々しい――それが現実の私だった。
けれど、夢の中の「俺」はもっと普通で、もっと男らしかった。
それが憧れだったのか、恐怖だったのか、その両方だったのか――自分でも分からない。
「私自身」でありながら「私ではない」誰かだった。ただ、それだけは確かだ。

夢の中で、俺は戦争のただ中にいた。

だがそこには、戦争の実感がなかった。
銃声も、血の匂いも、叫び声もない。
ただ、静かで、冷たく、乾いた風が吹いていた。

戦場は無音だった。
透明な狂気と、乾いた静寂だけが、世界を支配していた。

『これは、人類最後の戦争だ』

誰に言われたわけでもない。最初から知っていた。
人類という怪物が、自らを食い尽くすために用意した、壮大な自殺の儀式だった。

空には未来的な乗り物が音もなく飛び交い、地には無数の兵士たちが、機械のように歩いていた。
けれど、それらはどれも、戦争というにはあまりに無機質で、空虚だった。

どんなに巨大な兵器も、輝かしい技術も、ただの飾りだった。
攻撃手段は、すべての人間に平等に与えられた拳銃一丁。
どれほど敵を追い詰めても、最期は必ず、自らの手で相手を殺さねばならなかった。

人々は二つの陣営に分かれ、俺はその一方に属していた。
撃ち、移動し、また撃つ。ただそれだけの日々。
怒りも悲しみも後悔もない。誰もが、感情を捨てていた。

俺一人を除いて。

俺だけが、この世界に違和感を覚えていた。
この戦争に迷い込んだ異物――俺は、異邦人だった。

そんな俺にとって、唯一の希望があった。
かつてインターネット越しに言葉を交わしたことがある、彼の存在だった。

夢の中でも彼とは一度も会ったことがなかった。
ただ、あのころ交わした短い言葉の数々が、自己が崩れかけていた俺を、何度も救ってくれた。

『僕は死にたいわけじゃない。ただ、君と一緒に、生きてみたいんだ。』

それだけのやり取りだったのに、不思議と分かっていた。
彼もこの世界にいる。俺と同じ陣営に属し、そして同じように、この世界に違和感を覚えていると。

彼の存在を思うだけで、無感情な世界に、たったひとつの感情が芽生えた。

――希望だ。

彼に会いたい。
会えたら、この世界からふたりで逃げよう。
それが無理なら、ふたりで死のう。
それでいい。
それで、いいんだ。

そしてある日、戦争は終わった。

俺たちの側が勝ったのだという。
だが、誰も喜ばなかった。
この勝利すら、人類滅亡の序章にすぎなかった。
いずれ、俺たち自身が、互いを殺し始めるだろう。

雪が降っていた。
白いのに、寒さのない雪だった。
音もなく、ただゆっくりと世界が死んでいく。

雪山の中のロッジに、俺はたどり着いた。
人影はまばら。誰もが無表情で、まるで石像のようだった。

しかし、ただ一人だけが、微笑んでいた。

彼だった。

俺も、自然と微笑み返した。
胸の奥から、何かが込み上げてくる。

ようやく――会えた。

彼は、ゆっくりと俺に向かって歩き出した。

その瞬間だった。

彼は崩れ落ちた。
血が、静かに床に広がっていく。
身体に触れる前に、その温もりは失われていた。

何も言えなかった。
喉が張り裂けそうだった。
心が、叫んでいた。

振り返ると、ロッジの入り口に、一人の敵兵が立っていた。
たまたま生き残っていた、最後の一人だった。

俺は、反射的に両手を上げた。

撃たれた彼のもとに、駆け寄れなかった。
いや――駆け寄らなかった。

なぜか?

簡単だ。俺は、自分を守った。
彼よりも、自分の命を選んだのだ。

その事実が、これまで経験してきたどんな出来事よりも俺の心を貫いた。

これまで、俺は「自分は周囲と違う」と思っていた。
無感情な群衆とは違い、自分には「心」があると。
俺は、群衆共を見下していた。
傲っていたのだ。

だが――

彼を見殺しにした俺と、心を持たない群衆に、どれほどの違いがある?

むしろ、心なき群衆の方が誠実ではないか。
愚劣な欲望すら持たず、ただ運命に従っていた分だけ。

本来なら、俺は泣き叫び、彼に駆け寄って、一緒に撃たれて死ぬべきだった。
それくらいの誠実さを、示すべきだった。

本当は、好きだったのに。

本当は、彼のことが、ずっと好きだったのに。

それすらできなかった俺は、ただの卑怯者だ。

醜い自我だけを抱えたまま――

俺は、本当の意味で、たった一人になった。

――気づけば、目を覚ましていた。

クロス張りの天井、カーテン越しにうっすら差し込む灰色の光、汗に濡れたパジャマの、ぐっしょりと濡れた感触。

それらすべてが、やけに現実的で、やけに空虚だった。

うっすらと、涙が滲んだ。

息をするのが苦しかった。

夢だったのだと、頭では分かっているのに、胸の奥には、何か鋭利なものが突き刺さったままだった。

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